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東京高等裁判所 平成6年(う)409号 判決 1995年12月20日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人河野敬、同笠井治共同作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

第一  法令適用の誤りの主張について

論旨は、要するに、過少申告をした後、「更正があるべきことを予知」しないで自発的に修正申告をした場合には、行政罰としての重加算税が課される違法性はなく、重加算税は課されないのであるから(国税通則法六八条一項、六五条五項)、より強い違法性の存在を前提としているはずの本件ほ脱罪も成立しないと解すべきであるのに、この解釈を採らず、所得税法二三八条一項を適用して有罪の認定をした原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがあるというのである。

しかしながら、原判決が判示するとおり、納期限前に虚偽過少申告をした場合のほ脱犯は、法定納期限経過時に既遂に達し、その後の修正申告によって影響を受けるものではない。このことは所得税法等の法令の規定上明白であるばかりか、所論が指摘する重加算税とほ脱罪との関係に照らしても明白である。

すなわち、国税通則法六八条一項に規定する重加算税は、同法六五条一項に規定する加算税と同様、納税義務違反を防止し、公平な徴税を進める趣旨から、行政機関によって違反者に対し課される税であって、更正があるべきことを予期しないで修正申告をした場合には課せられないと規定されていることからみて、特に、自主的に正確な修正申告を行わせることを重視したものと解するのが相当である。また、その要件には、加算税の要件のほか、事実を隠ぺいし又は仮装するという要件が加えられているが、これは税率を加算するための要件であって、加算税としての性質を変更するものではないと解せられる。これに対し、所得税法二三八条一項のほ脱罪は、偽りその他不正の行為により所得税の額につき税を免れる行為を対象とし、その反社会性に着目し、これに対する制裁として刑罰を科するものであって、重加算税とは、趣旨、性質及び要件を異にしている。そうすると、ほ脱罪は、重加算税を課する要件が備わった場合に初めて成立するものではなく、修正申告の有無にかかわりなく、規定された要件に該当する場合に成立するものというほかはない。

原判決には法令適用の誤りはなく、論旨は排斥を免れない。

第二  事実誤認の主張について

論旨は、要するに、原判決が、修正申告に及んだ経緯として、被告人は早晩本件絵画取引に自己が関与していることが明るみに出て国税当局に本件脱税が発覚するであろうと予測されるようになった時点で国税当局に出頭したものであり、本件絵画取引に関する税務調査やマスコミ報道がなければ本件所得税の納付義務が時効により消滅するのを待っていたであろうと推察されると説示するところは、事実を誤認したものであるというのである。

しかしながら、関係証拠によれば、被告人は、A子から本件絵画取引があったこと自体及び自分たちがこれに関与して仲介手数料を得たことなどを秘密にするようにとの強い働き掛けを受け、本件脱税に及んだものであること、平成二年一〇月ころ、国税当局が同年夏ころから本件絵画の取引に関し、売買代金三六億円の無横線の預手(銀行振出の自己宛小切手)を交付した甲野商事やA子経営の株式会社乙山に対して税務調査を進めていることを聞知し、以後、A子や本件絵画の売込先である宗教団体の幹部ら関係者と自分たちの立場を含め絵画取引の筋書をどのように纒めるかなどにつき話し合っていること、平成三年三月三〇日本件絵画取引のことがマスコミに大きく報道され、その記事に関係者の実名などが載っていなかったのを見て、いったんは絵画取引の経緯を公表するかどうか様子を見ようと関係者に提案したものの、同年四月二日友人の代議士の紹介を得て国税庁長官に面会し、簡単に本件の事実関係を説明した後、指示を受けた東京国税局の関係部局に赴いて事実関係を説明したい旨の申出をし、以後国税当局の調査に協力しその指導にしたがって同年七月四日修正申告をしたことが認められる。このような被告人の本件脱税及び修正申告に及んだ経緯にかんがみると、被告人の国税当局への出頭は、所論にもかかわらず、早晩本件絵画取引に自分が関与していることが表面化するであろうとの状況判断に立ってした行動と理解するのが自然である。また、被告人は、平成五年六月一五日付検察官調書で、自分が平成三年四月ころまで何時でも正規の所得税を支払える程度の現金等を準備していたのは本件絵画取引が発覚した場合には修正申告をしなければならないと考えていたためである旨供述しており、被告人が本件絵画取引に関する税務調査や新聞報道がなければ修正申告をすることなく所得税の納税義務が時効により消滅するのを待っていたであろうことは容易に推察することができる。論旨は理由がない。

第三  量刑不当の主張について

論旨は、要するに、被告人を懲役一年(三年間執行猶予)及び罰金二〇〇〇万円に処した原判決の量刑は重過ぎて不当であるというのである。

本件は、被告人が、平成元年分の所得につき、絵画の売買取引に関して受け取った仲介手数料収入二億三五〇〇万円を除外するなどの方法により所得を秘匿し、総所得金額が零で、これに対する所得税額は源泉徴収額を控除すると一二万八四七〇円の還付を受けることになるとの内容虚偽の所得税確定申告書を所轄税務署長に提出して法定納期限を徒過させ、正規の所得税額一億一二一五万六〇〇〇円と申告税額との合計一億一二二八万四四〇〇円を脱税したという事案である。その罪質をはじめ、不透明な点の多い絵画取引を仲介して受け取った非常に多額の手数料を一切申告しなかったという態様やほ脱税額が単年度分としては高額で、ほ脱率は一〇〇パーセントであることを考慮すると、被告人の刑事責任を軽視することはできない。

そうすると、被告人は、本件絵画取引の中心人物と目されるA子から自分たちが絵画取引に関与し高額の仲介手数料を得たことを公表しないようにと強く働きかけられ、このことが本件犯行の要因となっていること、自ら国税当局に出頭して捜査等に協力して、修正申告をし、係争中の重加算税を除き所得税等を納付していること、交通関係の罰金前科一犯の他に前科や犯歴がないことなどの諸事情を極力斟酌しても、原判決が、被告人の国税当局への出頭を自首に準ずるものと評価し、特にこの点を考慮して被告人を懲役一年(三年間執行猶予)及び罰金二〇〇〇万円に処した量刑を重過ぎて不当なものであるということはできない。論旨は理由がない。

第四  結論

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 香城敏麿 裁判官 中野久利 裁判官 林 正彦)

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